ゆきぽんのおきらく雑記

10年前の381系祭 in 飯田線 その2 

10年前の381系祭 in 飯田線 その1のつづき

なんと伊那路3号も。
381系伊那路@三河槙原

「伊那路」1→2号ばかりでなく、3→4号に使用する車両も381系が充てられ、そして名古屋発着の臨時81→82号と、この日は三編成の381系が飯田線を走り回るという、お祭騒ぎだったのだ。
381系伊那路@下川合

飯田から帰ってきた伊那路2号。唯一貫通改造車が入っていた。

この後、わざわざ城西のS字橋まで伊那路4号を撮りに行ったらしいが、その写真はどうやっても綺麗に色が戻らなかった。日が十分当たった写真ならば、Photoshopの自動カラー調整でそこそこ戻るのであるが、露出が足りない写真だともう戻ってこない。緑は気に入らないだけ抜けばいいが、赤は作らないと本来の色にならない。色々といじってみたが、381系の赤帯だけはどれもイメージ通りにならなかった。

記憶が怪しいが、これは伊那路4号の後にあったので臨時の伊那路81号か?

伊那路81号[9081M]
名古屋1542→大府1555-56→岡崎1612-12→三河三谷1622→豊橋1632-35→豊川1644-45→新城1700-00→本長篠1711-11→三河槙原1722-28→東栄1740→中部天竜1752-54→水窪1808-08→平岡1829-29→天竜峡1856-56→伊那八幡1906-09→飯田1916
381系伊那路@上市場

突発運用の列車は全て白幕だったが、臨時の非パノラマ先頭車には絵入りヘッドマークが用意されていた。
伊那路の走る区間は実際乗ってみると山より川の印象の方が強い路線だと思うが、ヘッドマークを良く見ると川がほどんと描かれていない。水面が低い所を見ると飯田線というより天竜川下りの船から見たイメージなんだろう。

翌日は再び上市場まで足を運び、伊那路82号を撮ったらしい。
381系伊那路@上市場

どうやら稲穂が青々と伸びている所を見ると、祭はGWではなくお盆休みの様だ。その時期なら台風で「ムーンライトながら」が足止めを食らったとしても不思議ではない。
381系しなの@須原

その後どうやら381系が気になってしまったらしく、すぐ後に中央線へ足を運んだらしい。という事で、有名なSカーブを行く「しなの81号」でフィルムは撮り終えていたのであった。
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10年前の381系祭 in 飯田線 その1 

古いフィルムがまた何処からとなく出てきたので、現像に出してみた。しかし上がりは見事に緑カブリ一色であった。先日掲載した名鉄のモ870を写したフィルムはまっ茶色に濁っていたが、まだあれは色が残っているだけマシだった。今回のは色が全く残っていない。

目が痛くなりそうだが、よーく見てみると381系が沢山写っている。中央線の「しなの」かと思ったが、よく見ると見慣れた飯田線を走る姿であった。そう十年ぐらい前の多客期に運転された臨時の「伊那路」であった。
それらをフィルムスキャナーにかけ、Photoshopでいじってみると何とか色が出てきた。赤色も怪しく完全復元とはいかないが、思い出に残るモノなので必死で再現してみた。

1997年、GWかお盆休みかは忘れてしまったが、連休中の長山駅。ここで定期と臨時の伊那路がすれ違い、373系と381系の新旧車両が出会うと言う事で出かけたのだった。
381系伊那路@長山

まず臨時の伊那路がやって来た。飯田を朝一番で出発し名古屋まで延長運転するという、なかなか便利そうなダイヤだった。

伊那路82号[9082M]
飯田702→天竜峡717-17→平岡744-47→水窪809-09→中部天竜822-22→三河川合841→湯谷温泉849-49→本長篠856-57→新城908-08→東上913→長山916-21→豊川926-27→豊橋935-42→蒲郡952→安城1007-08→大府1017-18→名古屋1032

豊橋方にパノラマグリーン車が連結されるという定期よりも豪華な編成。ご覧の通りヘッドマークはシール貼り付け。バックは今は無き、変わった構造で有名だった旧駅舎。
381系伊那路@長山その2

直前となって場所を駅舎側へと移すが、なんと反対側からやって来たのは同じく381系であった。
そういえば何となく同業者が二、三人いたが、彼らはこの状況を狙って撮りに来たのだろう。多分この状況をつかめていないのは、自分一人だけか?

その状況というのはこうだったらしい。前夜に出発した「ムーンライトながら」が悪天候で名古屋までたどり着けず、「伊那路」で使用する車両が送り込まれなくなってしまった。
現在でもこんな状況はよくある事だが、大概あっさりと運休が決まってしまう。しかしこの時はまだ「伊那路」は特急に昇格したばかりで、おまけに連休の書き入れ時という事もあり、わざわざ神領から381系を呼び寄せ代走させたのだ。

10年前の381系祭 in 飯田線 その2につづく・・・

生首四つ 

噂のカマ・キラーが三回目の出場。
この年の瀬にチマチマと一本づつ出してられるかと言わんばかりに、なんと今日はまとめて二編成分の出場。これで非ロングレール仕様の全4編成が出場した事になるそうだ。
キヤ97@豊川

独特なタイフォン音を鳴らしながら、日車からやって来たキヤ97。強烈なライト攻撃をこちらに食らわせ、撮らせまいと必死。
キヤ97@豊川その2

豊川駅にて小休止。今日は月明かりが強いので、黄色が綺麗に映える。
キヤ97@豊川その3

以前は6両編成のチキ工臨があったが、コイツも三重連で運用されたりするのだろうか?この重連の編成を見ていたら、なんだかそれはそれですごく見てみたい気がしてきた。

撮影後帰宅する途中、例の銀色の柱を宇宙人達(笑)がせっせと建てている場面に遭遇してしまった。こちらも年の瀬にタイヘンな様で。

半世紀も経てば燻し銀に? 

今月の始め頃に気付いた、線路端の異変。
伊那路4号@江島~東上

なんだかテカテカと光るブツが何本も。
119系@江島~東上

この有名撮影地にも。
新旧架線柱@江島~東上

役目を終えた古い架線柱が、無残にぶった切られている。

私鉄時代からの遺産である古い鉄骨製の架線柱は、飯田線では次第に消えつつある。これまではPCコンクリート製の物へ建て替えられていたが、最近江島付近で行われている建て替えでは、ご覧の通り鋼管製の物が使われ始めた。

コンクリート製の物は幹線規格級のど太い物があったりするので、それよりはスリムで邪魔に見えないが、ギラギラと光り目立つ架線柱は、やはりローカル線には似合わない。先代架線柱の寿命分相当、あと50年は路線を維持するよ、という意気込みがこの会社にあるのなら、むしろ建て替えには歓迎なんだけど・・・

N700、一丁あがり 

夕方日車の正門前を通ると、先日裏門で見たN700が二両置かれているのが見えた。確認してみれば1号車があるではないか。待望であった先頭車の陸送は今晩行われるのであろう。
しかし夕食をとると睡魔が襲い、すぐ寝てしまう。といいつつ、ちゃっかり目覚ましを0時にセット。

到着すると、ちょうど2号車の配送が始まる所であった。それから45分ぐらい間を置き、ようやく1号車が門から出てきた。「クッ、クッ、クッ」という音を立ながら。
N700@日車豊川工場その1

今日はマニアよりも一般の人が多く、皆先頭車の前に群がり携帯カメラでパチパチとやっている。あんなのでちゃんと撮れるのかいなと思いながら端を見ると、一眼レフを三脚に据え付けて撮っている女性がいた。
N700@日車豊川工場その2

工場を出たN700はひたすら真っ直ぐ進む。数年前に同じく陸走で運ばれた700Tの時には、時速20キロぐらいのスピードで亀の様に進んでいた。しかし今回は制限速度を少々下回るスピードである。途中には事実上高速道路といってもよい浜名バイパスを走ったりするので、何らかの対策が仮台車に施されているのかな?と勘ぐったりする。
N700@陸送中その1

これが仮台車。真横に上手く止まれたので、信号待ちに一枚。
豊橋市内に入り、瀬上交差点で向きを90度変える。右手側に行けば輸出車両やJR他社の新幹線車両が運び込まれる豊橋港へと向かうが、今回は左手側へと転回する。
あと公道上では転回作業が四回ほどあるが、距離を考えれば思ったより少ないだろう。
N700@陸送中その2

これからR1を東上し、浜松工場まで運ばれるのだ。