ゆきぽんのおきらく雑記

1996/6/2 二両のEF58が大活躍した、あの日 

10年前の6月2日。
スリーブを見ると暗っぽい写真ばかり。もう梅雨入りしていたのか?と気象庁のページで確認してみたら、梅雨入りはこの一週間後の6月8日だという。

この日は城西まで足を運んだ。この頃はまだ自分の車を持っていなく、足は飯田線であった。この頃のトロッコファミリー号は水窪駅にて留置されていて、その回送列車を渡らずの橋で上下撮ったのである。帰りは一緒に写真を撮っていた方に車で送って貰える事になり、トロッコの上りは三河槙原付近で撮ろうという事になった。

その方は崖の合間に車を止めると、最低限の装備で行った方がいいと言った。言われる通りに三脚とEOS-RTに70-200mmf2.8を一本だけ持って岩を登ると、崖上の撮影地を教えて貰ったのであった。

119系×6連


まずやって来たのは、「飯田線の車両たち」でも紹介した119系普通列車。さわやかウォーキングの為に増結された、今では考えられない6両という長~い編成。

EF58 157+トロッコファミリー号@三河槙原~柿平


その次にはEF58 157の牽引するトロッコファミリー号が通り去っていった。この崖上からは、ゴハチの屋根上にあるパンタグラフやベンチレーターが足元のすぐ先に見え、身震いしたのを覚えている。
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EF58 122最終運用? 

引退報道後も、工臨で引っ張りだこなゴハチの122号機。トロッコ終了後も三回ほど工臨に借り出された。

その関係で昨日七久保に送り込まれた122号機は、今日チキの返却で豊橋に戻った様だ。線路端で見たわけではないが、15時頃にゴハチのホイッスルが聞こえたから間違いない。飯田線の上り列車は野田城駅進入時に必ず汽笛を鳴らすが、この音、遠く離れたところでもよーく聞こえるのだ。

これで122号機の運用も最後だろうか。散々書いたが寂しいもんである。